ユキツバの日記

日記のようなものです

2019/10/18


どうせ誰とも関わらないのだと思ったら、せめて生きて触れて感じてきたものを書き留めないといけない気がしてくる。


誰とも関わらないということは、あの時あんなことがあったね、あんなことをしたねと、話し合える相手を持たないということ。


僕が生きて触れてきたものは僕が忘れたら終わってしまう、別に、終わってかまわないのかもしれないけど。


自分のことも他人のように考えて、この人間(僕のこと)を僕が忘れたら、この人間は本当に一人になってしまう、というようなことをよく思う。


忘れられるよりも誤解を解けずにいるほうが苦痛ではある、誤解が生じるていどに関わりのあることが歯がゆい、それならもっと一人でよかっただろう。


この人間がもったいないなと思ってる。


僕が諦めたら終わるのか、この人間。

2019/10/16


ベットのシーツを夏用から冬用に替えた。寒い季節になると感傷的になる。そういう人は多いらしい。懐かしい気持ちになることが増えて、夢の質も変わる。


過ごしたことのない街の記憶が頭をよぎったりする。大抵の場合そこに生きている自分は学生で、薄暗い場所で誰か一人と一緒にいる。


秋や冬になると、そういう空想をよくしていたんだろうな。少年時代の空想を思い出しているんだと思う。今日の空想も将来の自分が思い出してくれるかもしれない。


夜に窓をあけて、風をひかないていどに部屋のなかを冷やすのが楽しい。冷たい空気を吸うと頭が冴える気がする。ぼんやり空を眺めてから眠りにつく。虫のいない季節限定の習慣。



* * *



段落の分け方を模索。今回からこうしてみる。他人様の真似をしてみた。これなら見やすいかな。


ブログ、久しぶりに書いたな。雑記形式にしてから一日か二日おきに書いていたのに台風19号のごたごたで中断してしまった。


今回の台風は…とにかく疲れた。台風が来るまでの不安、当日の不安、翌日発令された避難勧告とそれによるドタバタ…疲れた。


日常を取り戻せたのは昨日のこと。今回の件で体感した。自分の精神の安定は生活習慣によって支えられている。


いろいろなルーティーンが崩されて先週末はボロボロだった。そうだ、本来の自分はこんなに弱いんだ、と思い出した。平常時も弱いけど無防備にしてるともっと弱い。


逆に言うと、あんなに弱い自分を、いろいろな創意工夫によってここまで仕上げてるんだから、僕も結構がんばってるんじゃないかな。


すごくがんばってると思う。それを誰かに知ってほしい。でも、僕がんばってるでしょなんて、リアルではなかなか言えない。いや絶対に言えない。言ったことない。


驚くほど一人ぼっちだと感じている。驚くほど一人ぼっちだから、そのことに気づいている人は全然いない。


そういう人、日本全国に沢山いるはず。かといって全国のぼっち同士が繋がって友達になる、みたいなことはないだろうな。ぼっちにはそんなことできない。僕ならその集まり絶対参加しないし。


風邪気味なのか咳がでる。咳をしても一人。石川啄木? …いや違う、尾崎放哉だ。ググった。尾崎放哉だった。無知を晒してしまった。



* * *



明日は服を買いたい。去年着ていた服は野暮ったすぎて袖を通したくない。毎年そんなふうに思う。もっとマシな服ないの? 去年何着てたの? と思う。


基本的にユニクロと無印でしか服を買わない。それで困ったことも特にない。僕のファッションの問題はブランドではなく着こなしの方だろう。スタイルもまあ悪いけど…。


ファッション雑誌とか読んだほうがいいのかな。みんな読んでるのかな。読むもんなのかな。読んでるから着こなせてるのかな。本当に基本的なこともわからない。色合いとか。シルエットとか。何?


Netflixで配信してる『クィア・アイ』という番組をときどき見てるんだけど、そのなかで登場するファッションの知識とかコツとか、馬鹿みたいに「へー!!」「なるほど!!」と感心してしまう。“フレンチタック”とか自分と無縁な名称を覚えて得意げになる。


一方で「着てる人が格好いいし」「その服いくらすんのよ」と思ったりもして、結局、自分で試そうとしない。ファッションもトライアンドエラーだとは聞くけど…一発のエラーが怖い。臆病者め。


いまだに裾上げを店員さんにお願いするのも躊躇う。「笑われないかな」と思う。「お前みたいなやつがこの服着んのかよ」と思われてんじゃないかとか。自意識過剰を発揮する。


お洒落でなくていいから清潔ではありたい。新品の服を着てるだけじゃ清潔感は生まれないのだと成人してから知った。清潔感ってそういうことじゃないらしい。


とにかく減点のないファッションをしたい。加点はいらないから減点を避けたい。なんか、生き方が表れるな。

2019/10/09


台風19号の予想進路がどう見ても我が家の上を通過しているようで…もう、台風が来る前に倒れてしまいそう。不安でお腹が重い。先月の台風15号は本当にしんどかった。停電や断水もそうだけど、それよりも台風通過中の暴風が怖くて怖くて…家が倒れるかと思った。またあんな想いをしなくちゃいけないのかと思うと嫌になる。


バイト先でお世話になってる業者さんのYさんが次の土曜日で退職すると聞いた。急なことで驚いた。現場責任者みたいな人で、ノリは軽いけどいつも機嫌がいい。会うと十中八九下ネタを言ってくるのは困っていたけど、こんな根暗にも分け隔てなく接してくれて、作業も手助けしてくれて、ありがたかった…ああ、来週から現場が暗くなるな。本当に人は急にいなくなる。お互い生きてるのに二度と会わない。人との関わりに乏しい人生を歩んできたので、こういう別れには今も慣れない。しんみりする。


本が届いた。松浦寿輝の『半島』など。松浦寿輝はまだ読んだことがない。レビューとか読んでけっこう期待してる。わくわく。今は読む気力ないけど、土日になったら読もう、土日、土曜、日曜、台風…。ああほんと。来るなら早く来て終わりにしてほしい。屋根が飛び、部屋が雨風にさらされ、大切な本たちがボロボロになるイメージがよぎる。それだけはやめてほしい。とにかく家も人も本も無事であってほしい。


ラグビースコットランドがロシアをぼこぼこにして勝ち点5を獲得。これで日本の決勝トーナメント進出は対スコットランド戦の結果しだいということに。まだプールAにはアイルランドサモアの試合も残っているけど、まあ、アイルランドが負けるわけないから…。アイルランドと、あともう一国、どこが決勝トーナメントへ行くか。13日の試合で決まる。13日。日曜日。…台風。これも台風! 腹が立ってくる。こんな台風が来る理由は…やっぱり地球温暖化なのか? CO2か? 試合会場の変更を検討しているらしいけど、どうなるだろう。なんにしても日曜日は停電してる気がするから試合があってもテレビは観られないだろうな。せっかくラグビーはまりそうなのに。日本の試合もっと見たい。スコットランド倒して決勝トーナメント行ってください。


半島 (文春文庫)

半島 (文春文庫)

2019/10/08


次の日曜日に来る台風が怖い。先月の台風と同じような規模になるらしい。家が倒れないか心配。建物は自己修復できないからダメージは蓄積される一方。先月の台風以前より、台風以後の今のほうが脆いはず。前も大丈夫だったから平気だよ…とは思えない。できる備えをして待つ。


このブログはスマホから書いている。はてなブログのアプリ。「パソコンから書くのと違って引用のあれとか太字のあれとかできないんだな〜」とずっと思いこんでいた。思いこみだった。できる。 できる。 気づかなかった。よく見たらキーボードの上をスワイプすればツールバーが出てくる仕組みになっていた。初めから教えてくれれば…引用とかもわかりやすくできたのに。

そうだとすると、約二、三百の宇宙線が、ある一時間に、ある人の脳髄の中にいかなる弾道を画いたかが、その脳の持主に何がしかの影響を及ぼすことになってもよさそうに思われて来る。例えば「紅茶にしようか、コーヒーにしようか」というような場合に、「そのどっちか」にきめさせるという程度の影響がないとも限らない。

(『寺田寅彦 科学者とあたま』 寺田寅彦 / 平凡社


こういうの。使いたかった。使えるんだ。これからは使おう。


寺田寅彦宇宙線の話。地球には絶えず宇宙からさまざまな宇宙線が降り注いでいて、その宇宙線が人間の体を貫通しまくっている、もしかしたら、それが人間の思考に影響をおよぼしているんじゃないか…という話。前にもどこかで読んだことがある。


神様のお告げとか宇宙線なのかもね。天へ祈りを捧げるあれは、宇宙線を待っていたのかな。宇宙線が脳髄を貫いて、今までなかった閃きが自分のなかに生まれる。閃きと言わず性格まで変えてくれたらいいのに。宇宙線よ。僕の脳髄を貫いてくれ。


寺田寅彦 科学者とあたま (STANDARD BOOKS)

寺田寅彦 科学者とあたま (STANDARD BOOKS)

2019/10/06

そういうものなのか、自分と似たような悩みを持ってる人に遭遇したことがない、という想いが根強い。似たように悩んでる人がいないとも言う。僕より悩んでる人や僕より苦しそうな人はいるけど、僕のような人はいない。あたりまえか。けど釈然としない。すこしくらい「同じだ!」と思える何か誰かと出会っていいのになと思う。自己認識が不正確なんだろうな…。本物の客観は他人のなかにしか存在しない…とは最近見かけた言葉だけどもう元ネタがわからない。


イライラして仕方ない。自分のとても嫌いなところ。これで物や人に当たらないのはせめてもの救い。どう解消したものか。というか、今は何に怒っているのだろう。脳内検索…。…。…ああ、さっき『勉強しかできないやつよりも、こういう喧嘩強いヤンキーとかのほうが実際は地頭いいんだよな〜』という文字列を見かけてしまったからかもしれない。勉強できる人たちを尊敬してる。嫉妬することもある。馬鹿にしないでいただきたい。そもそも地頭ってなんだよ。地頭。よく聞くけど。


物心ついたころから利用してるラーメン屋さんがある。ここ数年は年に一、二回しか行かないけど、子どものころは毎週行ってた。僕の味覚はこのラーメン屋さんに形作られたと言っても過言ではないくらい影響を受けてる。そのラーメン屋さんに今日行った。そうしたら麺がいつも違っていた。あれ? 茹で具合かな? と思ってたら、隣のお客さんが「ご主人、麺変えた?」と店主に尋ねていた。「麺は、9月から…」と店主は答えていた。そうなんだ。なんだろ。どうしてだろうか。過去にも一度スープが変わったことがある。麺もスープも変わったら、昔のとは別物みたいなものかもしれないけど、相変わらず「ああ、この味だ〜」と感じる。暖簾がぼろぼろだったけど経営は大丈夫なんだろうか。潰れないでほしい。利用頻度を上げて貢献しようか。


台風、また来るのかな。三連休直撃? 関東には来るのだろうか。もう台風は嫌だな。ただ、友だちとの予定が台風の影響で潰れたら嬉しいな…と期待している自分もいる。なんなのだろう。友だちいらないのかな。誰とも会いたくない。部屋から出たくない。ひたすら一人にしてほしい。その一方で強烈に寂しい。嘘みたいに孤立した自分の一部分に気が狂いそうになる。頭のなかでハルカトミユキが「狂ってしま〜え〜な〜い」と歌ってる。そういえば最近ハルカトミユキ聴いてないな。

2019/10/05


パトカー。「パトカーってパトロールカーって意味なのね」と昨日気がついて、今日は「微笑む」が「頬、笑む」ということなのだと知った。は〜。なるほど。これ常識なのかな。みんな気がついてたのかな。こういうこと他にもあるかな。あるねきっと。言葉の仕組み。知ってしまうと知らなかったころには戻れなくなる。


科学は宇宙の神秘を年ごとにあばくが、あばくそばから新しい神秘が加わる。星は永久に若く、みずみずしく、むろん美しい。
(『野尻抱影 星は周る』野尻抱影 / 平凡社

わくわくする。詩情を持った科学者の言葉って特別な説得力がある。野尻抱影天文学者か。教養に裏打ちされた表現。憧れちゃうな。良い文章って偶然では書けない。書けない。本当に。そこに希望がある、と思えたり、逆に絶望したりする。

星座の名前、星の名前、星の巡り方、露ほども知らない。そんな僕でも楽しんで読み進められる野尻抱影のエッセイ。ハレー彗星の話がでてきた。野尻抱影は1910年のハレー彗星を見たらしい。どこかで、1910年は「ハレー彗星から排出される有毒ガスが地球を覆うので、人類は滅亡するかもしれない」と騒ぎになったと読んだ記憶。なんだっけ。1986年のハレー彗星は有名。よくフィクションにも登場する。そして次は2061年に観測できるらしい。そのころまで生きてる気がしない。僕はハレー彗星、見るんだろうか。


ラグビーW杯。楽しい。ラグビーは常に展開があり、展開の種類も豊富だ。それに攻守の流れが一目瞭然というのもあって初心者にも優しい。テレビだと解説も非常に丁寧。日テレの安村アナの実況がラグビー愛にあふれてて好き。今日のサモア戦も楽しかった。ドキドキもしたけど。一瞬でゲームが動くからスリルがある。来週のスコットランド戦も見たいけど…よりによって、3ヶ月ぶりに友だちと会う用事がある。キャンセルしたい。ああ、観たい。ここまで三連勝の日本だけど、スコットランド戦に負けると決勝トーナメント進出が危うくなる。もっと僕はW杯楽しみたいので、負けないで。がんばれニッポン。


諦念で心中穏やかになれるうちはいい。諦められるって、心の調子が良くないとできないよね。「ここにいる誰も俺の救いにはならない」というフレーズが諦めならいいけど逆恨みになると苦しくなる。それは自分で選べるのだろうか。選べるうちは、元気なんだ。疲弊してるときは選択肢がない。恨む。自分と向き合う余裕がないから外へ外へ暗い気持ちを向ける。それが自分へ向いてしまうと大変マズいことになるから他人を恨む。そんなの嫌だと頭の片隅で想いながらどうしようもできない。嫌になる。

2019/10/03

鬼滅の刃』のアニメ最終話で主人公の炭治郎くんが「カナヲは心の声がちいさいんだな」みたいなことを言ってて(うろ覚え)いい表現するな〜さすが長男〜と思った。鬼滅の刃で一番かわいいのは炭治郎くんだと思う。彼みたいな優しくてまっすぐな子とても好き。彼みたいなキャラクターを描ける吾峠先生に嫉妬。僕は小説書きだけどそういうキャラ絶対に書けないから。


コミュニケーションで一番大切なのは安定した情緒だと思われる。愛嬌でもワードセンスでも、声の大小でもない。「安定した情緒、安定した情緒、安定した情緒…」と心のうちで唱えながら今日は働いた。「安定した情緒」がベールのように自分へ降りてくるイメージをもって不安や怒りを鎮める。それなりに効果あり。安定した情緒、安定した情緒、安定した情緒…。


欲求は細分化して把握すると良いという。「ラーメンを食べたい」と思ったときに、いったい自分はどんなラーメンを食べたいのか、家系ラーメンか、醤油か味噌か豚骨か、太麺か細麺か、そもそもラーメンなのか、高カロリーならなんでもいいのか、駅の自販機に売ってるシジミの味噌汁でおさまるやつか…。自問自答する。一昨日はそれで家系を食べた。今もラーメンが食べたい。明日もラーメン食べるだろう。ラーメン。「ラーメン」という独立した欲求がある気がしてくる。食欲じゃない。ラーメンを欲してる。


敷かれたレールの上も自力で走ったら違法なんだよな、とか思う。『天気の子』のノベライズ版を読んだ。ラストの方の、帆高くんが線路の上を走ってるシーンで…ネタバレかなこれ…そう思った。映画を観るよりさきにノベライズ版を読めばよかった。小説には映画にない新海さんの記述がある。新海さんの意図を把握したうえで映画を観たかった。僕はあんまり良い見方をできなかったから後悔してる。


Twitterを見たくなくなる。最近その頻度が高くなってる。タイムラインを眺めてると自分のなかで自分の存在感が薄れていく。他人のことで頭がいっぱいになる。わざわざそうしたくなるときもあって、そういうときにTwitterを見る。今はあんまり見たくない。


DJ Whitesmith を聴きながら書いてる。音楽はあまり聴かないから一向に趣味が広がらない。いつも同じ人たちの曲を聴いてる。かといって特定のアーティストに詳しくなるわけでもなく。DJ Whitesmith も10代のころから聴いてるけど曲名ほとんど知らない。そういうこと多い。地元の地名も全然知らないし、道もわからないし、田舎なのにご近所の名前も怪しい。知らなくても困らない? のかな。知らなくても、別に誰かと話すわけじゃないから、口にすることなくて、定着しないんだろうか。


Amazonで本を三冊も注文してしまった。まだ積ん読残ってるのに! 今(でもないか)話題の『三体 / 劉慈欣』とか、去年買った『奥のほそ道 / リチャード・フラナガン』とか…分厚いやつらが机の上に積まれて存在感を放ってる…ごめんよ、そのうち読むよ、君らはなかなか読みはじめるのに勇気がいるんだ。僕は純粋な読書好きではない。なにもしない自分が許せないから、その免罪符として読書をしているふしがある。もちろん楽しんだり好奇心を満たしたりもしているけどそれがすべてではない。不純な読書好き。だから一向に詳しくならない。読書で人とも繋がれない。仕方ないね。まあ別にいいんだけど。そしてまた欲しい本が古本で出品されているのに気づいたので注文するかもしれない。物欲が止まらない。