雪になりたい椿の日記

雪になりたい椿の日記です

#15

 生まれてはじめて図書館に行った。本が好きなのに今まで一度も行ったことがなかった。許可なく勝手に出入りしてよい場所なのか、わからなかったから。勝手に出入りしてよい場所みたいだった。

 入ってすぐに文芸のフロアがあった。上にも横にも広くて、清潔で年季の入った棚がたくさんあった。人がたくさんいるのに静かだった。その光景だけで胸がいっぱいになった。

 文庫の棚から乙一の『ZOO』を手にとった。乙一は中学生のころ夢中になって読んだ作家で、もちろん『ZOO』も読んだことがある。近くの椅子に座って読んだ。強烈に懐かしくて、大人の目をもって読むと新鮮にうつる箇所も多々あった。十数年ぶりに夢中になった。一度も顔をあげずに最初から最後まで読んだ。

 夕方になったから図書館をでた。ガラスばりの図書館と併設されたドトールの灯りが後ろ髪をひいた。図書館のまわりは住宅街だった。どうしてここが自分の街でないのだろう、と思う。そういう自己否定も、歩く速度とおなじでゆっくりしていた。いい帰り道だった。

 図書館のある街を離れ、電車に乗って、自分の暮らす田舎へもどった。そういえば子どものころは図書館のある街に暮らしていて、広々として清潔な公共施設の匂いや静けさが好きだったと思いだす。帰りたくて帰りたくてたまらなくなった。この人生では帰ることのできない場所に、帰りたくなった。