最近のブログは『①下書きにメモ書きする②ある程度メモがたまったら推敲する③公開する』というスタイルで更新しているのだけど、この①と②の間には結構タイムラグがあって、②の手順を踏むころには「別に公開しなくていいかな…」という気持ちになり下書きを削除してしまうことが多々ある。書くだけで満足してしまう。実際、頭の整理ということだけを考えるのなら書くだけで十分ではある。だけど、やっぱり書いたものを「自分だけが読む」のと「他人も読む」のとでは心に起こる変化に違いがある(どちらの変化も大切でそこに優劣はない)。心の柔軟性を保とうと思ったら、自分一人で書いて読んでいるだけでは不十分なのだ。どれだけ一人に慣れていても、この社会動物として設計された脳や神経はどうしようもなく他者の存在を必要としている。
愛、は器の大きな言葉。なんでも入る箱のような。何もかもを映す鏡のような言葉。誰でも口にすることができるけど使い手の“人間”が試される言葉。愛、という言葉に深みと説得力を感じるのは、それが美輪さんの口から語られる言葉だからだろう。ご冥福をお祈りいたします。