雪になりたい椿の日記

雪になりたい椿の日記です

#31

 現場の移動の無い日だった。祝日だからよその会社は休みらしかった。現場の移動がないと楽だ。移動時間も勤務時間に含まれるからそのぶん休憩できるでしょう、と言われるけど、それで体は休めても心は休まらない。よその会社のインターホンを押すのは緊張する。通用口の暗証番号を教えてくれたら良いのにといつも思う。黙って入って黙って作業して黙って退室したい。その方がお互い楽でしょう、と思っているのはこちらだけなのかもしれない。みなさんいつも笑顔で迎え入れてくれる。身内ではなく客人に向ける丁寧な笑顔。

 少しずつ日が長くなってきた。帰りの電車の車窓、暗い窓のむこうに薄っすらと山の稜線が見える。空に光があるからだ。錆色の雲がある。夕焼けの残骸みたいな色。この間までそういう景色は見えなかった。真っ暗で、街灯もない田畑のあいだを走るときは、車内が窓に鏡写しになっていた。景色が見えるほうが好きだから今くらいの暗さがちょうどいい。

 もうすぐ暖かくなるらしい。カイロが尽きたのだけど、もう買い足さないほうがいいのだろうか。