雪になりたい椿の日記

雪になりたい椿の日記です

Leap

 蛙が鳴いていた。早咲きの桜は「早咲きだから」と思えるけど、蛙が鳴いてしまうともうおしまいだと思う。春だ。気づけば三月も下旬で、2021年の1/4が終わる。ここまで書いても実感がない。昨日のことと、先週のことと、一ヶ月前のことが、頭のなかで同じ距離にある。脳は、膨大な過去を収納するために似たような記憶を統合して、余計な記憶を消去してしまうと聞いたことがある。全部消えてしまったのだろう。寝不足の体に鞭打った一日も、我慢した瞬間も、誰にも八つ当たりせず、お腹のなかで処理してしまったあれこれも。どこにもない。覚えていない。もう誰も知らない。

 東京に住む友だちがグループラインで楽しげに近況報告しあっているのを、通知画面で確認する。結婚するらしい。引っ越すらしい。前の会社があわないから転職したらしい。投資をして、趣味を楽しんで、自分磨きをして、それでも「冴えない俺たち」をやっているらしい。ボールペンで何重にも線をひいたみたいに彼らの文字がかすんで見える。こんなに遠くなると思わなかった。どこかで覚悟はしていたけど、覚悟していなかったことのほうが多い。レールから外れても願望は人並みで、だから、やっぱり欲しかったんだろう。自分が欲しかったものを普通に手に入れている人たちの、呑気な愚痴をながめていること。その景色が遠のいていくようすを、残酷なくらいゆっくりと、はっきりと見る。子どものころ、履いていたサンダルをあやまって川へ落としてしまったときの感覚に似ている。もう取り返しがつかない。欄干をつかんでながめている。

 春になったら服を買おう。それ以外の予定を持っていない。真っ白な予定表が大きくて怖い。

 

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