雪になりたい椿の日記

雪になりたい椿の日記です

#27

 職場の休憩室で目を閉じていたら、ふと脈絡もなく、中学生の頃の記憶が蘇った。登校するときの一連の流れ。家の玄関。自転車。通学路。学校の坂。朝の校舎。ジャージで登校していたこと。履いていた靴。何の変哲もない記憶。どこか特定の一日ではなく、そういう毎朝があったことを思い出した。どうして急に思い出したのだろう。わからないけど、思い出せてよかった。すっかり忘れていたから。忘れていたことを思い出すのは嬉しい。

 嫌なことは大抵よく覚えてる。どんなふうに虐められたか。どんなふうに拒絶されたか、口封じをされたか。嫌なことを忘れられないのはどうしてだろう。その意味をいまも考えつづけているせいだろうか。「どうして自分は理不尽な目に遭ったのか」「どんな落ち度が自分にあったのか」心はずっと考えているような気がする。考えても仕方のないことだけど、それでもやっぱり答えがほしいのだろう。答えは自分で用意するしかない。どこかにある正解を探すのではなく、自分が、自分の問いに回答するしかない。

 認め難いこと。悲しいことばかりだった学生時代にも幸せな時間はあった。そして、その幸せな時間こそが、自分を社会不適合者に導いたのだと思う。大人になって、いろいろなことに適合しようとするいま、嫌なことばかり覚えていて、幸せな時間をあまり思い出せずにいるのは、だから自然なことなのだと思う。

 

#26

 先月末コロナに感染した。この国にコロナが来てもう何年もたつけど感染したのは初めてだった。「陽性と診断された日を0日として、5日目まで外出を控えてください」と医者に言われた。計6日間の隔離生活。「堂々と仕事を休めるなんてラッキー」と思っていたけど、最初の3日間は症状がつらくて、とても「ラッキー」という精神状態ではなかった。

 4日目から心身ともに余裕ができたので、気になっていた流行りのドラマと、友だちに勧められたアニメを全話、一気に観た。ドラマは普通におもしろかった。アニメはけっこう夢中になって、視聴後はロスで胸が苦しくなった。エロの要素は気に入らなかったけど良いアニメだった。

 そういう隔離生活を終えて、先日から仕事に復帰した。長期間仕事を休んでしまったことを方々に詫びた。前はそういうことを言えなかった。「病み上がりだから大変だろうけど」と言われたけど、久しぶりの仕事はあまり疲れなかった。むしろ隔離前より身軽に働けて自分でも意外だった。隔離中は好きなだけ眠っていたから、日頃の疲れが抜けて、返って元気になったのかもしれない。

 退勤して、隔離前に補充しそこねたものを買いに駅ビルへむかった。人ごみを歩きながら、「やっぱり今日は他人の視線が気にならないな」と思う。不思議と朝からそうだった。他人の顔色が体に入ってこない。それも充分な睡眠の恩恵なのか。それとも隔離生活によって、それまでの自分や生活まで隔離されてしまったのか。ナチュラルに客観視ができていた。どちらにしても一時的な魔法かもしれない。何日かしたら元にもどってしまうだろう。失われる前に記憶やメモに残しておこう。

#25

 好きなブログが次々と非公開になる。非公開にしたくなる気持ちはわかるような気がする。自分の言葉を外に置いておくのって案外つらい。ネガティブな反応をされたわけでもないのに。書いた言葉の内容にもよるだろうけど。過去の自分の言葉が生々しくそこにあることが重荷になる。過去の自分の言葉がいつまでもそこに生々しく残る。まさにそれを求めてブログを書かきはじめたはずなのに。

 わかるような気がすると書いたけど、やっぱり全然違うかもしれない。自分じゃないんだから。他人のことなんてわかるわけない。

 通勤電車のなかでイヤホンをするようになった。音楽を聴くことは稀で、たいていはノイズキャンセリング機能だけオンにして周囲の音を半減させてる。本当は耳栓をして完全に何も聞こえない状態にしたいのだけど、飛行機でもあるまいし、電車で耳栓をすると目立ちそうだから諦めてる。返ってイヤーマフのほうが自然なのかな。とにかく聞こえなくしたい。会話、貧乏揺すり、ため息。他人のたてる音が耐えがたい。子どものころはそんなこと気にならなかったのに。どんどん無理になっていく。本当はずっと無理だったことに、どんどん気づいていっているのだろうか。神経過敏は思春期特有のものだから歳をとるにつれて自然と治るよ、という話とは逆方向へすすんでいく。なにも聞きたくなくなって、見たくなくなって、なにも感じとれなくなったら楽になるかな、という発想はたしかに若く、幼い。若いはもう褒め言葉ではない。歳をとるしかないならきちんと春から、夏や、秋へ行きたい。実際に今そういう季節でもあるし。

#24

 お昼に生姜スープを飲んだ。とんでもなく苦くて、食後に鏡を見たら、頬がりんごみたいに赤かった。生姜が血行を良くするのは知っていたけど、こんなに効いたのは初めてだ。「りんご病みたいだ」と思って、すぐに「りんご病ってなんだっけ」と思う。小学生も低学年のころ、クラスに頬を真っ赤にした子がいた。その子を指して先生が「りんご病だ」と言った。それでりんご病という言葉を知った…。記憶違いかな。記憶違いでないとしたら、その子は病気なのに登校していたのだろうか。全然思い出せない。頬を真っ赤にした子。国語の教科書の挿絵に描かれた幼児みたいなその顔と、りんご病という言葉だけ頭に残ってる。

 りんご病とはなにか、そもそも、りんご病という病気が本当にあるのかどうか。スマホで調べればすぐにわかる。けど調べたらこの回想は終わってしまう。簡単に終わらせたくない。実際りんご病なんてどうでもよくて、ただ、りんご病を手がかりに記憶をさかのぼるのが心地よかった。普段はろくでもないことばかり思い出されるから、毒にも薬にもならないことを思い出して、それを自分の人生だったと思いたい。そういう記憶を最後まで残していきたい。

 調べたらりんご病はあった。

#23

 今朝は霧が深かった。昨日の雨からうまれた霧だ。家のまわりだけでなく、霧は市内全域に発生していたらしく、そのせいでちょっと電車が遅延した。《濃霧が発生したため》というアナウンスは、いつも頭のなかで《ノームが発生したため》という字面に変換される。この街に、ノームという、ナウシカのオーム(王蟲)みたいな生き物が発生するようすを空想をする。アラサーになってもそんな子どもじみた空想をする。

 アラサー…誕生日がきて29歳になった。最も30にアラウンドな歳になった。20代最後の一年だ。最後だと思うとさすがに思うところがある。自分のために行動しないと。それにしても実感がない。29歳って全然ピンとこない。28歳までは割とすんなり受け入れられたけど、29歳って。キリが悪い。20代と思っていいのか、30代のつもりでいたほうがいいのか。でも実際20代だから20代だと思ってがんばろう。

#22

 目の渇きが気になる。あさって免許の更新に行くから、あまり目が疲れるようなことはしたくない。免許更新に必要な視力は片目0.3。両眼で0.7。7月の定期検診で測ったとき、確か左目が0.5で右目が0.8だったから、落ちてなければ問題なくクリアできるはずだけど、安心できる数値でもない。定期検診のときも後半は勘であのCみたいなマークの上下左右を答えていたから、勘が当たって高い数値が出てしまったような気もする。もしそうだったら実際の視力はもっとずっと低い(もちろんそんなことはないと頭ではわかってる)。

 目を休ませるために最近は通勤電車のなかで目を閉じている。目を閉じると必ず眠ってしまうけど、まだ駅を乗り過ごしたことはない。深くは眠らない。浅い眠り。空想がいつの間にか夢になっているような眠り。通勤電車で見る夢は、直近にインプットされた情報を基にした夢が多い。時々、そうではない突拍子のない夢を見る。今朝は、夜明け前の海岸に設置された木製の扉を怖がっている夢を見た。開ける方向を間違えると呪われる扉らしい。よくわからない。扉とか、意味深なようで多分そんなに大した意味はない。チェンソーマンに影響されたとかそんなところだろう。それよりも扉の置かれた海岸の景色がとても綺麗だった。あそこに行きたい。夢に見る景色はいつも美しい。自分の美的感覚が反映されているのだろうから当たり前と言えば当たり前か。

 夢の海岸には行けないから現実の海岸へ行くしかない。四国に行きたいな。詳しくないけど、なんとなく入り組んだ海岸線や穏やかな港、古びた漁村が存在しそう。四国の人に怒られるかな。

#21

 雨が降ってる。雨は好きだけど、あんまり酷いと3年前の避難生活を思いだして怖くなる。けどやっぱり晴れるよりは雨のほうがいい。ジメジメしているけど晴れたら晴れたで暑いでしょと思う。

 蓮が咲いてる。蓮は6月のイメージがあったけど、七十二候でいまは蓮始開(はすはじめてひらく)と言うらしい。暦のアプリを入れて知った。この時期の旬の食材はスズキ、アワビ、ニンニク。鱸、鮑、大蒜と書く。鱸の名前の由来は『身が水ですすいだように白いから』。そういう知識を追っていると心が安らぐ。ぽんぽんと身体のあちこちを優しく叩いていくような感覚がする。そうして自分がいまこの世界に存在しているんだという実感を得る。

 学生のころ資料集を読むのが好きだった。教科書も、ページの隅や、章と章の間にある、試験とは特に関係のない知識を読むのが好きだった。必要不可欠ではないけど、知っていると生活の彩りがすこし豊かになるかもしれないからと、教科書を作った人がオマケでつけてくれたような知識。実際、そこには勉強への反発や逃避が多少は混ざっているかもしれないけど、好きだった。やっぱり気持ちが充実した。『これまでに行った「必要なこと」よりも「無駄なこと」の方にその人の人生は表れる』と誰かが言っていた。そういうことなのかもしれない。必要のないことは屈託なく愛せる。生きてる人よりも死んでいる人のほうが屈託なく尊敬できるのと同じように。